物語の始めに千尋の家族3名がトンネルを抜けて迷い込んだ異空間には、とても興味深い描写が多数見られます。なかでも不思議な飲食街での描写は宮崎駿さんの影響を受けたであろうものがゴチャゴチャになって描かれています。なかでも「め」と書かれた眼のかたちをした看板や、「めめ」と書かれた看板は、つげ義春の「ねじ式」を連想させ、宮崎駿さんの以外な一面を見たような気がしました。また、千尋の父親が階段を上がった先にある魚の頭の置物、西洋風の建物、ピンクや緑色を使った壁やドア、ステンドグランス、鉄製のテラス、漢字で書かれた看板…など、ここにはさまざまな様式、時代、文化が混在している世界です。こうした描写は中世ヨーロッパのヒエロニムス・ボッシュやブリューゲルの絵を思い起こさせます。彼らの絵はたくさんの奇妙な人物や生き物がひしめきあい、決して一つのカラーに分類されることはありません。そして、ひとつの世界をつくりあげています。まさに宮崎駿さんが「千と千尋の神隠し」というアニメーションの中で表現しようとした世界観が、この異空間から始まっているのです。